中野と対話レポート

【参加レポート】「対話の中野」が始まった予感!? 10/22「旧中野刑務所正門」タウンミーティング!

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とても想いのこもった参加レポート、2つお届けします。

参加レポート① 平和の門、保存派。から、市民の政治参加や学校運営への参加に想いを馳せる

10月22日、旧中野刑務所正門(通称:平和の門)に関するタウンミーティングが行われました。その前に行われた10月14日の意見交換会は「区の担当者に対して質問や要望を1人1つに限定して行う方式」(一巡したら2つ目の質問もOKでしたが…)であったため、「異なる考えがぶつかり合っておしまい」といった後味の悪い会合でした。

しかし、酒井直人区長も参加した22日は、14日よりずっと良い雰囲気で、6つのグループに分けてディスカッションを行い、異なる意見も活発に話し合える場になりました。

小学校の校舎建設予定地にある刑務所の門を残すか残さないか。

「校舎建設が遅れるのでは?」「校庭が狭くなるのでは?」「刑務所の門など小学校のイメージに合わない!」といった不安や否定的な意見がもちろんあります。しかし、「工期を遅らせないで、工夫を重ねた設計により校庭の広さを確保することは可能だ」と多くの建築家が主張しておられます。区が依頼した近代建築史などの専門家たちが都の文化財相当の価値があるとし、日本建築家協会、美術評論家連盟を始めとする団体も「現地保存すべきだ」と意見を出しています。門があることによるデメリットはさまざまな方法で補えるでしょうし、建築・歴史・文化的価値を加味した上で、最終的な判断を下すべきだと思います。

私は、この門の問題を通して、市民の政治参加や学校運営への参加の意義や、具体的な方法を学んでいます周りのお母さんたち、お父さんたち(とても少ないですが)との交流もとても楽しく、互いに意見を出し合いながら、さらに学び合う機会を得ています。

今日は、あるお母さんが「門の周りにカフェをつくる案なんてどうか?」と連絡してくれました。小学校にカフェか……と一瞬思いましたが、そういえば、5年ほど前に、カフェが併設されている保育園を訪問したことを思い出しました。民間企業が経営している認可保育園ですが、地域の人たちが自然にカフェに集ってきて、保育園のためにイベントを企画したり、講師を派遣したりするようになり、とても良い循環が生まれているとおっしゃっていました。

地域に開かれた学校になれば、相互に子どもを見守るようになりますから、セキュリティの機能も高まるように思います。そういう意味で、私は門を活用することによる、教育的価値も考えた上で判断して欲しいと強く思います。言論統制・戦争のシンボルであった平和の門が、オープンな社会参加、学校運営、平和の象徴として機能することを心から願います。

以前の区政と比べると、市民参加の空間は大きく開かれたイメージを持っています。この流れを止めないように、そして、形式だけの市民参加にするのではなく、本来的な意味で参加の量を拡大し、質を深めていくことができるように、中野区の英断を切に望みます。日頃からの区役所の職員の皆さんのご努力にも心から感謝しています。

区の説明では、「11月には結論を出し、議会に説明した上で、年内に最終決定する」とのことです。門を保存することを望む一市民として、残りわずかな時間、思い残すことなく、できることを頑張ってやりたいと思います。

ぜひ皆さんも、この平和の門にご関心お寄せください。‬‬‬そして政治や学校への参加、一緒に学びましょう。

参加レポート② 異なる意見も尊重し、区と区民だけでなく区民どうしが語り合える。「対話の中野」を感じた10/22

14日の平和の門についての意見交換会はかなり後味の悪いものだったと聞き、22日タウンミーティングにドキドキしながら参加しました。

これまでに何度か前区長の対話集会や意見交換会に参加してきましたが、怒りに震えて発言する人が絶えなかったり、ヤジで荒れたりすることも多くありました。特にテーマが絞られた意見交換会には一方的な計画に反対する人が大多数ということが多く、「一体誰がこんな計画を望んでるんですか!? この会場にこんな計画を望んでる人は一人もいない。賛成する人を連れてきてくださいよ!!」と大荒れする会もありました。自分と対立する意見を言う人に対してヤジが飛ぶこともあり、実際それが14日の意見交換会であったようです。

そんなここ10数年の中野区の歴史の中でおそらく初めて、22日のタウンミーティングでは相対する考えの方達が同じテーブルについて話し合う場となりました

事前に平和の門の「保存派」と「不要派」それぞれの熱い思いがあることは聞いていたのですが、7人ずつのグループディスカッションの中でやはり相対する意見が出た時にはドキッとしました。

でも少人数で向き合ってそれぞれの立場からの考えを出し合うと、お互いを尊重して一緒に考える、となるのが人情なんですね。自分と異なる意見に耳を傾けて一定の理解をして自分なりに考え、わずかながらも歩み寄りの可能性を含めた第3の結論や落とし所を探る、酒井区長の話にあった「合意形成」に向けた会になったと感じました。

もちろん区民同士で答えを1つにまとめられるわけもなく、区がどういう結論を出しても納得できない方はいるでしょう。それでも、区民が主体的に参加して、区と区民だけでなく区民どうしが語り合い、自分とは異なる意見も尊重して一定の理解をする、まさに「対話の中野」が始まったと実感できる記念すべき会だったと感動でした。

中野区民33万人の中のたった50人足らずの会で、その中の一個人の感想で、過去の会を知っているからこその感動に過ぎないかもしれません。

でも「対話の中野」に向けて少しずつ変わり始めた区政を実感し、今後への期待に「しっかりよろしく」というプレッシャーもギュッと込めて感謝の思いでのご報告とさせていただきます。

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